【ピアノ】シューマン 「見知らぬ国」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
1838年3月、シューマンは「子供の情景 Op.15」を完成させました。この年の4月には「クライスレリアーナ Op.16」、8月には「ノヴェレッテ Op.21」といった名作が相次いで誕生しています。
この作品集は子供向けの教育教材として書かれたものではありません。むしろ、成熟した大人が幼年時代を振り返り、子供の心の世界を描写した音楽です。したがって、演奏技術としては中級レベルでありながら、音楽的理解には人生経験の深さが求められます。
当初シューマンは30曲近くを作曲しましたが、最終的に厳選された13曲で構成されています。その第1曲である「見知らぬ国」は、「トロイメライ」と並ぶ人気曲として広く親しまれ、単独演奏される機会も多い小品です。
（参考文献：名曲事典 ピアノ・オルガン編 著：千蔵八郎）
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ブルグミュラー25の練習曲中盤程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 全体の構成を把握する
まず楽曲の「形式」を理解しましょう。大きく分けると次のような構造になっています：
・1-8小節
・9-14小節
・15-22小節（内容は第一部とほぼ同様）
フレージングスラーに着目してさらに細分化すると：
・1-2小節＋3-4小節＋5-8小節
・9-10小節＋11-12小節＋13-14小節
・15-16小節＋17-18小節＋19-22小節
音楽的には「5-8小節、19-22小節が、ひとまとめになっている」ことに着目しましょう。
► 演奏のヒント
‣ 1-8小節
譜例（PD楽曲、Sibeliusで作成、1-8小節）
冒頭フレーズの基本
2小節単位のメロディ構造を意識しましょう。1小節目の大きな跳躍にはエネルギーがかかり、2小節目のD音でおさめます。
このエネルギーの動きに沿った抑揚をつけて、平坦にならないようにしましょう。練習段階では少し大げさなくらいに表現してみると、音楽の方向性がつかめます。
16分音符の扱い
2小節目に現れる16分音符は、強くならないようにさりげなく弾きましょう。この音型は曲全体で繰り返されるので、常に注意が必要です。
左手伴奏
全体に渡って「3連符の伴奏」が続きます。こういった音型は1音1音がはっきり欲しいわけではありません。響きの中に隠れるような柔らかい音色で弾くことで、全体で固まりとしてハーモニーが見えれば十分です。
演奏のポイント：
・鍵盤から指を離さずに演奏する
・指を上げて高い位置から打鍵してしまうと、音が立ち上がってしまい音色が揃わない
・鍵盤から指を離さずに演奏することで、柔らかい音色が得られる
また、3連符の3つ目の音がいい加減になりがちです。強くなったり、鳴り損なったりしないように丁寧にバランスをとっていきましょう。
ペダリング
2小節目は、1拍目が「Ⅴ」で、2拍目が「Ⅴの第一転回形」です。転回形のニュアンスをしっかり聴かせるためにも、2拍目はペダルを踏み変えるべきです。
内声のライン
1小節目の左手内声には、メロディックなラインが隠れています。リピートのときだけ強調して聴かせるという選択もあります。
フレーズの拡大
5-8小節をワンフレーズでとることが重要です。7-8小節目は拡大された部分なので、6小節目のC音の後にフレーズが途切れずに、8小節目まで長いフレーズで演奏しましょう。
（再掲）
5-6小節のタイの意味
5-6小節の左手に突然現れるタイに注目しましょう。なぜここでタイが必要だったのでしょうか。
作曲家の意図：
・6小節目の頭では、耳につく連打をタイによって回避しつつも、レッド音符G音の響きそのものは得たかった
・これにより、和声の充実感を保ちながら、違和感のない音楽を実現
7-8小節のエネルギー
7-8小節も同様のリズム素材が組み合わされています。閉じていくエネルギーの動きを感じて演奏しましょう。
ペダリング
6小節目、8小節目も2拍目でペダルを踏み変えることをおすすめします。8小節目は2拍目でベースが1オクターブ上がり、9小節目のバス音に入るので、ペダルを踏み変えることでこのつながりを考慮すると効果的です。踏んだままだと、低いバスが鳴りっぱなしになってしまい、3度音程下りて9小節目のバス音に入る印象が弱くなってしまいます。
フレーズの切り替え
8小節目から9小節目に入る箇所は、フレーズを「別」にします。音を切ってから入るピアニストもいますが、必ずしも音の切れ目ができなくても、小節の変わり目に「一瞬の時間」をかけて丁寧に9小節目を始めるイメージを持つと、勝手にフレーズは「別」になってくれます。
‣ 9-14小節
譜例（9-17小節）
3度のハモり
9小節目からは、メロディが「3度」で装飾されます。ハモる箇所は、メロディのほうが多めに聴こえるバランスで弾きましょう。
左手バスライン
9小節目からは、バスラインに「冒頭の右手メロディのリズム素材」が出てきます。これらは非常に重要なので、少なくともリピートのときだけは少し強調するなど、一回は聴かせておきたいところです。
内声の動き
3度音程が、11-12小節では少し変化します。内声にクロマティックなラインができています。このラインをよく聴いて、一つだけ大きく飛び出たりしないようにバランスをとっていきましょう。
リタルダンド
12小節目はシューマン自身が rit. を書いていますが、a tempo は書いていません。13小節目にも rit. が書いてあります。
解釈：
・「13小節目の頭で一旦テンポを戻して、再度 rit. する」と解釈するのがベター
・13小節目からは「冒頭のメロディのリズム」が戻ってくるので、音楽を改めて演奏すると効果的
左手の2度音程
13小節2拍目の左手には「2度音程の和音」が出てきます。この音域では少し重いサウンドに聴こえるので、演奏上は強くならずに軽く演奏するようにしましょう。
（再掲）
フェルマータの解釈
14小節目では、2拍目にシューマン自身によるフェルマータが書かれています。しかし、解釈には注意が必要です。
クレシェンドの意味
13-14小節のクレシェンド記号が、原典版ではフェルマータの位置（14小節2拍目）を越えてD音の直前まで伸びています。これが重要な手がかりです。
演奏方法：
・rit. をしながらも2拍目で止まらず、エネルギーの方向性がD音まで続くということ
・レッド音符D音にショートフェルマータがついているイメージで、そこで一旦の区切り
・16分音符のC音から新しい音楽の流れが始まる（a tempoにする）
・フェルマータのついている音で止まらない
左手の重要事項
14小節目の左手には「2分音符のD音」があります：
・この音を忘れずに指で残しておく
・そうすることで、2拍目にペダルを踏みかえた際に音響が希薄になるのを防ぐことができる
‣ 15-22小節
（再掲）
15-21小節：第一部の再現
15-21小節の内容は第一部と「ほぼ同様」なので、1-8小節の解説を参照してください。同じアプローチで演奏します。
最終小節と8小節目の違い
最終小節は8小節目と似ていますが、2拍目のダウンビートが無い点が異なります。したがって、2拍目の頭で「体内のザッツ」をしっかりとることで「拍感が曖昧にならないように」しましょう。
曲想的にキビキビ演奏する必要はありませんが、拍の感覚が無くなってしまってはいけません。
最後のG音
「一番最後のG音」は極めて丸い音で、ダイナミクスとしても強くならないように注意しましょう。
終結のフェルマータ
一番最後の音にはフェルマータはついていませんが、多少伸ばして終わるのが通例です。ただし：
・まだ第1曲なので、フェルマータし過ぎないほうが「子供の情景」全体のバランスがとれる
・この楽曲を単独で演奏する場合は「長めのフェルマータ」にしてもいい
音楽表現は「楽曲を演奏する状況」などからも考えていくようにしましょう。
► 終わりに
「見知らぬ国」は、シューマンの繊細な詩情が凝縮された作品です。この解説で取り上げたペダリング、フレージング、内声の扱いなどのポイントを意識しながら練習することで、ただの音符の羅列ではなく、楽曲の世界観を表現できるようになるでしょう。
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