【ピアノ】ラヴェル「メヌエット 嬰ハ短調 M.42」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
この作品はラヴェルの死後に出版されたと言われています。難解な作品が多いラヴェルのピアノ曲の中では、もっとも取り組みやすい一曲と言えるでしょう。
全体でたった23小節(アウフタクトを1小節分と数えない場合)、演奏時間は約1分と非常にシンプルです。その短い演奏時間の中に、旋法の雰囲気やブロックコードと言われるヴォイシングなど、ラヴェルの作風が表れています。また、オルゲルプンクトやメロディの単純な変奏といった古典的な作風も盛り込まれており、とても聴きやすい作品です。
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー30番入門程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 全体の構成を把握する
細かい内容に入る前に、まず全体像を確認しましょう。本記事の解説では、アウフタクトを1小節分と数えません。
楽曲は「A-B-C」という単純な形式で、Cにクライマックスがくるというオーソドックスな構成です。
・Aセクション(曲頭-):美しいテーマの提示
・Bセクション(8小節3拍目-)::Cに向けた準備。音楽的にもいちばん不安定なセクション
・Cセクション(16小節3拍目-):楽曲のクライマックス
► 演奏のヒント
メロディの変奏を理解する
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、1-13小節)

メロディの「繰り返し」が何度も出てきますが、少しづつ変奏されています。どのように変奏されているかをきちんと把握し、「暗譜」に備えましょう。それぞれのニュアンスを感じて演奏することが重要です。
例えば、3小節目や11小節目のようにさりげなく出てくる3連符は、重くならないように注意すべきです。
‣ Aセクション:1-8小節
· 1-4小節
曲頭の手の配分と歌うべき箇所
譜例(1-4小節)

曲頭の上段は両手で演奏しましょう。そうすると、メロディとハーモニーのバランスがとりやすくなります。
・「右手で演奏するべき音を大きな符頭」
・「左手で演奏するべき音を小さな符頭」
で示しました。
1小節3拍目からのメロディ「H – Cis – Dis」をしっかりと歌いましょう。ポイントは、そこまでのメロディ音を淡々と弾いておくこと。そうすると相対的に「H – Cis – Dis」がカンタービレに聴こえます。3小節目も同様です。
· 5-8小節
譜例(5-8小節)

5小節目は楽曲前半のヤマですが、伴奏部分に音の厚みはありません。したがって、やり過ぎた表現はせずに「高いトップノートを丁寧に歌う」くらいが適切でしょう。
6小節2拍目のメロディCis音は「フレーズ終わりの音」なので、大きくならないようにおさめましょう。そして3拍目からフレーズを改めます。
6〜8小節目は非常に美しいハーモニーがついています。この作品では:
・「Gis His Dis」(8小節1-2拍目など)のハーモニー
・「Gis H Dis」(8小節3拍目など)のハーモニー
の両方が使い分けられて登場するので、それらの色の違いを感じることが大切です。
運指や手の分担については、譜例への書き込みを参考にしてください。
· 7小節目
(再掲)

7小節目のメロディは「4分音符+8分音符4つ」となっていますが、こういったリズムでは、4分音符の直後で音楽が切れてしまうことが多くあります。注意点としては:
・ペダルで音がつながっているかどうかは関係ない
・ペダルを使っていてもペダルに頼り過ぎずに指でもつなげる
・Cis音からH音へのつながりをよく意識する
こうすることでようやく、つながったフレーズが生まれます。
7小節目の上段の内声は3拍目で消えてしまっています(休符すら入っていません)。このような記譜法はあらゆる作品で見られますが、ここでは3拍目でメロディがGis音を通過するので、上段の内声は、3拍目に4分休符が入っていると考えていいでしょう。
‣ Bセクション:8小節3拍目-16小節
譜例(8-10小節)

セクションの転換を意識する
8小節3拍目からはセクションBです。ここからはやや強めの表現が要求されています。3拍目から音楽を変える意識を持ちましょう。常に同じような表現でダラダラと弾き進めてしまいがちなのが、こういったシンプルな作品での注意すべきポイントです。
オルゲルプンクトとペダリング
譜例(8-16小節)

8小節目からはGis音によるオルゲルプンクトが始まります。しかし、それらのバスの間に休符が挟まったりと、常に鳴っているわけではありません。バス音を消すところをきちんと読みとって、ペダルの踏み変えを行いましょう。
8小節目の1-2拍目と3拍目の異なる和音で、同じバス音を共有しています。したがって:
・バス音を指でしっかり残したまま3拍目でペダルを改める
・そのバス音を9小節1拍目でも共有していることに注意
・1拍分の短い時間ですが、Gis音の上に「Fis音 A音 Cis音」が乗ってくるサウンドが生まれる
このサウンドをラヴェルは意図的に用いているので、決してバスのGis音を外してしまわないように。
9小節2-3拍目はノンペダルで演奏します。
内声のバランス
譜例(12-16小節)

13-16小節までの内声は「3度のクロマティック進行」で進んでいきます。ペダリングに注意しましょう。また、あくまでこれらのクロマティック進行は脇役です:
・一番聴こえて欲しいのは「メロディ」
・その次に必要なのは「支えのバス」
これらを隠蔽してしまうくらい目立った内声ではいけません。特にクレッシェンドをしていく箇所なので、バランスには細心の注意をしましょう。
このクロマティック進行は、12小節目で一旦終わった内声からクロマティックに連結することでスタートするということも把握しておいてください。
不協和の役割を理解する
14-15小節あたりは、この楽曲の中では一番混沌とした不協和な箇所です。ここがあるからこそ、フォルテからの美しくもエネルギーの高い場面が引き立つということを理解しましょう。
音楽は相対的なものですので、ある箇所を効果的に聴かせたいのであれば、その前後を工夫する必要があるということなのです。ラヴェルの工夫が詰まっています。
クレッシェンドの扱い方
12小節目から始まるクレッシェンドは、p から f まで変化の大きいクレッシェンドがあります。注意点としては:
・早くに大きくなり過ぎないように注意が必要
・クレッシェンドが書かれているところで、すでに大きくなってしまっている演奏は多い
・このクレッシェンドは明らかに「音楽の方向性」も示している
・テンポはゆるめずに f へ向かっていくのが音楽的
音量が大きくなっていくだけでなく、「メロディの音域」もだんだんと上がっていくことで相乗効果が生まれているのです。こういったことも楽曲の成り立ちとして理解しておきましょう。
16小節2拍目の音は注意が必要です。クレッシェンドの最中なので大きく弾いてしまいがちですが:
・「内声のフレーズ終わりの音」なので、1拍目よりも大きくなってしまうと不自然
・f の前、クレッシェンドの音量的ピークは16小節1拍目
‣ Cセクション:16小節3拍目-終わり
重要なラインを理解する
譜例(16-18小節)

16小節3拍目からはセクションCとなり、楽曲のクライマックスです。
丸印で示した「A – Gis – Fis」というラインに注目してください:
・ここではトップノートのメロディと同じくらい、このラインも重要
・直前のメロディの「追っかけ」になっているから
このラインに付いているアクセント記号は、ただ単純に強調して欲しいという意味ではなく、このラインが重要ですよ、という意味のサインとして書かれていると考えられます。そうでないと、「トップラインのメロディよりも強調する?」などという疑問が出てきてしまいます。
ブロックコードの扱い
オクターヴで奏でられる「A – Gis – Fis」の間にハーモニーが挟まっています。これは:
・ラヴェルが「ソナチネ」をはじめ多くの楽曲で用いた楽器法
・オクターブの響きの中に和声音を挟むことでゴージャスな響きが生まれる
・「ブロックコード」などと呼ばれることもある楽器法
この楽曲の中では初めてブロックコードが出てきました。つまり、ラヴェルはここで「新しい音色」を聴かせたかったのでしょう。
こういった箇所ではメロディと和声音とのバランスが重要です。和声音のほうが控えめに聴こえるようにバランスをとらないと、単なる音のカタマリのような印象になってしまいます。
ここでの優先順位としては、バランスの大きい順番に:
・メロディ
・オクターヴで奏でられる「A – Gis – Fis」
・それ以外の内声とバス
楽曲全体のクライマックス
譜例(16-20小節)

18-19小節は楽曲後半のヤマであり、楽曲全体のヤマでもあります。楽曲の性格からしてやり過ぎる必要はありませんが、前半のヤマよりもクライマックスを意識しましょう。
シンプルな楽曲だからこそ、こういった「全体の構成」を意識することが重要です。構成というのは作曲上のことだけでなく、このように演奏上でも表現できるのです。もっと言うと、演奏次第では、作曲家が書きのこした構成を台無しにしてしまう可能性があるということです。
19小節1拍目はメロディが非常に高音域にきます。ポイントは:
・音程の広いアルペッジョに時間をかけ過ぎると音楽が間延びしてしまう
・少し音楽が広がるくらい時間を使うのは構わない
・そうすることでむしろ、そのアゴーギクがメロディラインを歌わせてくれる
・「19小節3拍目の上段にある、下のGis音」
・「20小節1拍目の上段にある、下のGis音」
・「20小節2拍目のG音」
これらは左手でとっても構いません。そうすることで右手に余裕が生まれるので、メロディラインをよりレガートにすることができます。
20小節2拍目は「フレーズ終わりの音」なので、強くならないようにおさめましょう。また、3拍目にかけての手の移動が割と大きいので:
・それに気をとられて2拍目の音の処理がいい加減になりがち
・丁寧に処理をして3拍目からフレーズを改める
コーダの処理
譜例(20-23小節)

20小節3拍目からは、内声の動きの重要性に気がつくと思います。注意点としては:
・この内声のラインがそのまま楽曲終わりのメロディへつながる
・したがって、内声だからといって控えないように
・むしろここでは、カギマークで示した「ため息の動き」よりも大きくバランスを作る
・内声のラインが主役ということ
20小節目から左手に何度か出てくるアルペッジョは、意識して柔らかく演奏する必要があります。これらのような「音程の広いアルペッジョ」は、どうしても弾くことに一生懸命になり、強くなったり重くなったりする傾向があるからです。
その他:
・21小節2拍目のD音もフレーズ終わりの音なので、1拍目より大きくならないように
・21小節3拍目でフレーズを改める
最後の処理
22小節1拍目のアルペッジョが下段のfis音にもかかっているかどうかは意見の分かれるところです。このfis音は通常右手で演奏するので、アルペッジョに入れてしまうとぎこちなくなる可能性があります。また、21小節1拍目との整合性も考えると、fis音をアルペッジョに入れず、他の3つの音のみアルペッジョで演奏するのがいいでしょう。
一番最後は長く伸ばしている演奏も耳にしますが、フェルマータはついていません。3拍目の休符を活かすためにも、丁寧に余韻を切りつつ、割とあっさりと締めくくりましょう。
フェルマータをすべきでない理由:
・「書かれていないから」というだけでなく
・楽曲が非常に短いため、全体のバランスが崩れる可能性があるからという音楽的な理由も含む
► 終わりに
この短い作品には、ラヴェルの作曲技法が凝縮されています。一つ一つの音楽的選択に意味があり、それらを理解して演奏することで、作品の美しさが引き出されます。
シンプルだからこそ、細部へのこだわりと全体の構成感が重要になります。このガイドを参考に、充実した演奏を目指しましょう。
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