【ピアノ】映画「砂の器(1974)」レビュー:「宿命」による状況内外音楽の演出技法
► はじめに
本記事では、「砂の器(The Castle of Sand)」より、『ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」』に焦点を当てた音楽分析をしていきます。
・公開年:1974年(日本)
・監督:野村芳太郎(1919-2005)
・音楽:音楽監督 芥川也寸志(1925-1989)、作曲 菅野光亮(1939-1983)
・ピアノ関連度:★★★★☆
► 内容について(ネタバレあり)
以下では、映画の具体的なシーンや楽曲の使われ方について解説しています。未視聴の方はご注意ください。
‣ 音楽演出の基本概念:状況内音楽と状況外音楽
状況内音楽とは:
・ストーリーの中で実際に聴こえている音楽
・登場人物がピアノを弾いているシーンのBGMなど
一方、外的に付けられた通常のBGMは「状況外音楽」となります。
‣ 和賀英良が犯人であることを決定づける状況内音楽「宿命」
中盤以降、警視庁捜査一課警部補の今西栄太郎が通天閣本通商店街周辺で聞き込み調査をする場面で、『ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」』が聴こえてきます。
この楽曲の使用には計算された演出が施されています:
・最初は状況外音楽として開始 – 聞き込み調査のシーンでBGMとして流れる
・状況内音楽へ移行 – 数秒後、和賀英良が自宅でその曲を演奏している場面に変わる
これまで「宿命」は和賀英良の自宅での演奏場面でのみ使用されていましたが、このシーンではじめて他の場面と共用されます。通天閣本通商店街での聞き込み調査から和賀英良の自宅のシーンまでを同じ楽曲で繋ぐことにより、調査内容と和賀英良との関連性を音楽的に示しています。
この音楽演出により、観客は和賀英良が犯人であることをほぼ確信することになります。重要な局面ではじめて楽曲を「またがせる」演出を用いていることは注目すべきでしょう。
‣「宿命」を用いた、状況内外音楽の細かな移り変わり
本編100分頃から始まる「宿命」の初演本番では、この楽曲が10分以上にわたって流し続けられ、以下のような複数の場面を横断していきます:
現代 – 初演している演奏会場(状況内音楽)
現代 – 捜査課(状況外音楽)
過去 – 和賀英良(本浦秀夫)の幼少期、父との放浪の回想(状況外音楽)
警察の今西栄太郎と吉村弘が逮捕に向かい、コンサート会場へ入る場面での音楽の扱いにも着目すべきでしょう。本番中なので、本来であればロビーでも演奏が小さく聴こえているはずですが、それまでと同じく音量が下がらない音声処理により、この時点では状況外音楽としてのBGMの扱いとなっています。その後、二人がホールに入った時点で状況内音楽となります。
‣ 音楽に込められた深い意味
ラスト近く、今西が部下の吉村に対して語りかけます:
このセリフをきっかけに、父親との回想シーンでこの楽曲がかかっていたことの意味が深まります。「宿命」というタイトルが演奏会のずっと前からあらかじめ決まっていた理由も明らかになり、「旅の形はどのように変っても 親と子の “宿命” だけは永遠のものである」というラストのテロップへと繋がっていきます。
‣ 回想シーンにおける音声処理
父との放浪の回想シーンでは、基本的に音声は音楽のみで、映像内の実際の物音(人の話し声や環境音等)はミュートされています。これは各場面を明確に区別する演出意図があります:
・現代 – 演奏会場:状況内音楽としての本番演奏のみ
・現代 – 捜査課:状況外音楽と捜査員の声
・過去 – 父との放浪:状況外音楽のみ
上記の通り、この際の音楽というのは全て「宿命」。このように音楽・音声的に3つの場面を区別することで、観客は時代や場所の移り変わりを自然に理解できます。
► 映画の名曲「宿命」のフルスコアについて
本記事で取り上げた映画の象徴的テーマ曲『ピアノと管弦楽のための組曲「宿命」』は、ぷりんと楽譜で手書き浄書によるオーケストラスコアが入手可能です:
‣ 砂の器「宿命」Part1 フルスコア
‣ 砂の器「宿命」Part2 フルスコア
► 終わりに
「砂の器」における「宿命」の使用は、音楽演出の好例と言えるでしょう。状況内音楽と状況外音楽を細かく使い分け、音楽を通じて物語の核心部分を観客に伝える手法は、音楽の可能性を示す方法として注目すべきです。
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