【ピアノ】グリーグ「抒情小品集 第5集 ノクターン Op.54-4」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
「抒情小品集 第5集」について
グリーグは第4集を完成させた後、イギリスへの再訪問をはじめ、ドイツやフランスなど各地での演奏旅行を精力的に行い、高い評価を得ました。この作品集は1891年に完成しています。冒頭の4曲については、グリーグ自身の手によってオーケストラ編曲が施され、「抒情組曲」というタイトルで出版されました。この際、ピアノ版と同じ作品番号54がそのまま使用されました。
「ノクターン Op.54-4」について
この作品は、ドビュッシーの名曲「月の光」と比較されることがある美しい夜の音楽です。ただし、ドビュッシーが描くのは南欧、特にイタリアのベルガモ地方の月夜の情景であるのに対し、グリーグが表現するのは北欧特有の澄み切った、ひんやりとした夜の空気感だと考えられます。曲中には、小鳥のさえずりを模したと思われる音型も聴き取ることができます。
(参考文献:ピアノ音楽事典 作品篇 / 全音楽譜出版社)
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ツェルニー30番修了程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 演奏のヒント
‣ 楽曲前半部分
· 1-4小節
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、曲頭)

1-2小節:声部の役割を理解する
最初の2小節で完結するフレーズです。各声部の機能を明確にしましょう。
1小節目の構造:
・右手:低音域で「歌」の役割
・左手上声:反復される内声
・左手低音:半音階的に下降するバスライン
2小節目の構造:
・右手:明確なメロディライン
・左手:1小節目と同じ伴奏形態
音量バランスの優先順位は、①右手メロディ、②左手バスライン、③左手の反復音です。
演奏テクニックの要点
1小節目冒頭の処理:
・右手のC音は深みのある響きで始めるが、打鍵は柔らかく
・左手の8分休符を心持ち長めに感じることで、冒頭の静謐な雰囲気が生まれる
・こうした丁寧な処理が自然なテンポの揺れを生み出す
内声の連打テクニック:
・左手の反復音は、鍵盤のすぐ近くから押し込むように発音する
・高い位置からの打鍵は音の粒立ちを強調してしまうため避ける
・ここでは1音1音がはっきり見えてしまうことではなく、全体の和声感が重要
2小節目の右手:
・遠くから聴こえる鳥のさえずりのように、控えめに演奏する
・E音に向かって音量を落とし、1拍目のA音より強くならないよう注意する
・E音の発音後も、響きが消えるまで耳を傾け続けることが大切
バスラインのバランス:
・半音階的に動く低音は、一音だけ突出したり、逆に消えてしまったりしないよう均一に
・鍵盤が沈む際の「響く瞬間」を意識することがコツ
(再掲)

3-4小節:装飾されたメロディ
基本構造は1-2小節と共通ですが、右手に装飾が加わり、より幻想的な雰囲気になります。
音色の作り方
・この楽曲らしい「夜の音」とは何か?少なくとも、硬く鋭い音ではない
・打鍵速度を抑え、指の腹を用いた柔らかなタッチで
・静かな伴奏から旋律が自然に浮かび上がるイメージを持つ
音色をコントロールする二大要素は「打鍵速度」と「打鍵角度」です。これらを調整することで、求める響きに近づけます。
· 5-10小節
5小節:3対2のリズム
3対2のポリリズムが現れます。ショパンの「幻想即興曲 Op.66」のような4対3よりもシンプルで、音の入る位置は明瞭です。分割方法が分からない方は、【ピアノ】クロスリズムの理解と実践:3:2 5:2 7:2のリズムを習得する を参考にしてください。
練習のコツ:
・ゆっくりしたテンポでは各音の位置関係を正確に練習しておく
・それができたうえで、速いテンポでは自由な流れを優先する
表現意図:
・3対2というリズムの噛み合わなさが、曖昧な雰囲気を作り出す
・作曲家は明確さを避け、幻想的な空気感を演出するためにこの手法を選んだと考えられる
左手の処理:
・5小節目の左手では、最初の低音のみしっかりと響かせ、その他の音は響きの中に溶け込ませる
・1音1音が明瞭だと、両手のリズムのずれが不自然に聴こえてしまう
・柔らかな音色で演奏すれば、むしろ両手が互いに影を落とし合うような、魅力的な効果が生まれる
5-8小節:フレーズの重心
・5-6小節で一つのフレーズだが、重心が置かれるのは6小節目の頭(7-8小節も同様)
・フレーズの重心を見極める最も簡単な方法は、ピアノを弾かずに歌ってみること
・作曲家が記したクレッシェンド記号なども有力な手がかり
その他のピックアップ
音楽の流れの意識:
・装飾音符のために音楽が停滞しやすい箇所(5→6小節、7→8小節)
・前へ進む推進力を失わないよう注意する
バスラインの構造:
・5-8小節のバス音は「C-H-B-A-As」と半音階下行する
・1-2小節の低音と共通する手法で、楽曲全体の統一感を生んでいる
10小節目:高音への到達
・右手のEs音が高音域に達し、フレーズの頂点を形成
・重心の位置ではあるが、全体は「p(弱く)」の領域内であることを忘れずに
・最後のAs音はフレーズの終止音として、丁寧におさめる
· 11-14小節
譜例(11-13小節)

11小節目:クレッシェンドの解釈
・クレッシェンドの開始時点はまだ p
・そこから1小節で12小節目のフォルテまで膨らむため、急激な変化
・イメージ:単に音量が増すのではなく、音像が遠くから近づいてくるような感覚で演奏する
12小節目:楽曲の頂点
・1-14小節という大きなセクションにおける山場
・右手は旋律と内声を同時に担当するため、縦割りのリズムになりがち
・長い呼吸で、フレーズを横方向へ引っ張るような意識を持つ
14小節目:poco rit. の扱い
左手の重要性:
・主旋律は右手の最上声だが、左手上声部の「Es→D」という動きも少し強調する
・D音は当然、フレーズ終止として収束させる
poco rit. の程度:
・文字通り「少し」に留める
・リタルダンドやリテヌートは難しい表現技法で、やり過ぎると音楽の流れが止まってしまう
・小節の境目では間を空けず、つながりを保つことが肝心
鳥の声の描写(15-16小節)
15小節:音価の変化:
・右手は「4分音符→16分音符→16分3連符→トリル」と、徐々に音価を細分化していく
・これは、トリルへ導くための段階的な変化
・この構造を理解すれば、15-16小節の右手は途中で分断せず、一息で演奏すべきだと分かる
a tempo におけるテンポの戻し方:
・急激に戻すのではなく、徐々に元のテンポへ戻し、16小節のトリルで完全に a tempo となるようにする
・そうすることで、音価の細分化という表現も活きてくる
イメージ:夜に鳴く鳥の声のような、きわめて leggiero(軽やか)な表現を目指す
16小節目:トリルと終結音
・重心は16小節頭だが、トリルの入りを過度に強調しない
・前からのフレーズの続きであり、ニュアンスが途切れないほうが自然
運指のポイント:
・トリル後の最後3音は「名残惜しそうに鳴く鳥」のイメージで
・そこだけ大きくせず消えていくように演奏すると音楽的
· 15-20小節
リズムの役割分担
・右手が拍頭を示し、左手がそれ以外のリズムを刻む
・ただし、左手が目立ち過ぎると音楽が縦割りになり、流れや軽やかさが失われる
・左手の奏法:冒頭の内声連打と同じく、鍵盤のすぐ近くから押し込むように打鍵する
素材の統一性:
・1小節目の「半音階的バスライン+内声連打」から、バスを取り除いたものが、15-20小節の左手パターン
・素材の一貫性により、楽曲全体の統一感が保たれている
17,20小節目:手の交差
・右手で演奏する低音は、2小節目と同じリズム素材による「メロディ」
・左手のニュアンスを崩さないよう注意しながら、独立した表現として浮き上がらせる
· 20-21小節
譜例(20-22小節)

21小節目:ペダルの踏み変え
・21小節目からソフトペダルを使用する指示がある
・同時にダンパーペダルも踏み変えるため、両方を同時に操作すると足元が不安定になる
解決法:
・ソフトペダルを少し早めに踏んでおく
・20小節目の最後はフレーズが収束する箇所なので、音色が柔らかくなっても問題ない
・20小節目の最後の3音でソフトペダルを踏み込むと、21小節頭のダンパーペダル操作が安定する
ソフトペダルの深さ:
・完全に踏み込むのではなく、半分程度に抑える方法も有効
・ソフトペダルによる音色変化は大きいため、曇り過ぎない程度の「音色調整」として使う選択肢も
左手の処理
・21小節目からの左手は、個々の音を明瞭にする必要はない
・全体として和声が聴こえれば十分
・優しい夜風が吹いているようなイメージで
音量バランスの調整:
・細かい動きの伴奏は、静かに弾いてもある程度は耳につく
・そのため、右手の最上声はやや芯のある響きを作ると、バランスが整う
・pp とは「pp の領域」という意味であり、すべての音が同じ音量である必要はない
· 27-28小節
27-28小節:表現記号の意図
・右手にスラースタッカートが現れる
・これは「音を切る」という意味ではなく、ダンパーペダルで音をつなぎながら、手はスラースタッカートで
・「つながっているけれども軽い音」を実現できる
・このサウンドと、29小節目からの ff を対比させている
· 28-33小節
29小節目:ff への導入
楽譜には記されていませんが、効果的なアゴーギクの提案をします:
・28小節目の後半で少しテンポを広げ、29小節目の ff に入る
・そして1小節かけて徐々にテンポを上げていくイメージ
・こうすることで、ff をしっかり響かせることができる
文字で表現すると不自然になるため、実際の演奏では感覚的に調整してください。
31小節目:poco rit.のタイミング
・まだ楽曲の終わりではないため、やり過ぎないことが重要
・32小節目の左手3音で rit. する程度でも十分
32小節目:音色の統一
・右手は直前の左手と同じ高さで反復
・デクレッシェンドの指示はあるが、手の交代を聴衆に感じさせないよう、音色の連続性に配慮する
33小節目:休符の処理
「1!2!3!」と機械的に数えると、音楽の硬さが伝わってしまいます。
空気感のある休符:
・直前の余韻をよく聴き、音のない空間が漂うような雰囲気を作る
・このイメージを持つことで、自然な休符の表現が生まれる
‣ 楽曲後半
· 34-50小節
34-50小節は、若干の音の変更はあるものの、素材は繰り返しです。これまでの解釈を応用してください。
· 53-54小節
リズムの理解と演奏注意点
楽譜によっては数字が省略されていますが、2連符の連続です。最後も2連符分の休符となります。
縦割りを避ける:
・2連符のため縦割りになりがちだが、一息で演奏する意識を持つ
・連桁(れんこう)のつなぎ方を見ると、2小節を3等分する意図が読み取れる
演奏上の注意:
・各2連符の裏拍は、表拍より大きくならないように
・最後のD音はフレーズ終止音として丁寧におさめる
・美しく音を終わらせることで、直後の休符の表現が活きる
· 55-63小節
55-61小節は、音に変更はありますが、基本的な考え方はこれまでと同様です。
62小節目:Adagioの和音
・長い音価は間延びしたり、逆に短くなったりしがち
・「出した音の先を見る」という意識が大切
62-63小節:最後のフレーズ
62-63小節の重心の位置は、63小節目の頭
63小節目の分散和音は、頭のC音のみ深く演奏し、他の音はバスの響きに溶け込ませる
装飾音の速度は、あまり遅くしないことを推奨します。理由は:
・この後のフェルマータを活かしたい
・楽曲全体の規模に対して、さっぱりと終わるほうが適切
‣ 総括:休符の音楽的処理
この楽曲では「両手とも休符になる箇所」を、いかに音楽的に聴かせるかが重要です。
休符表現の3つのポイント
1. 機械的に数えない
・「1!2!3!」とカウントせず、特に顔でリズムを取るのは避ける
2. 前後の丁寧な処理
・休符直前の余韻と、直後の入りを慎重に扱う
3. 準備の時間として使う
・休符は「お休み」ではなく、「次の音楽への準備」「気持ちの準備」
・ただし、準備だからといって、雰囲気に合わない素早い動きは禁物
► 終わりに
夜の静けさ、遠くから聴こえる鳥の声、優しく吹く風——これらのイメージを大切に、グリーグが描いた詩的な世界を表現してみましょう。
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