【ピアノ】ドビュッシー「小さな黒人」演奏完全ガイド
► はじめに
曲の背景
アメリカ発祥のケークウォークダンスのリズムを取り入れた、愛らしい小品です。有名な「子供の領分 6.ゴリウォーグのケークウォーク」と類似した素材を使用していますが、こちらの方がより親しみやすく、演奏技術的にも取り組みやすい作品となっています。
「小さな黒人」は1909年の作品ですが、当時の前衛的な作曲家はすでに無調音楽を書き始めていた頃。そんな中にあって、天才ドビュッシーはどのような作品を生み出したのでしょうか。
演奏難易度と推奨レベル
この楽曲は「ブルグミュラー25の練習曲修了程度」から挑戦できます。
本記事の使い方
この楽曲を、演奏のポイントとともに解説していきます。パブリックドメインの楽曲なので譜例も作成して掲載していますが、最小限なので、ご自身の楽譜を用意して読み進めてください。
各セクションごとに具体的な音楽的解釈を示していますので、練習の際に該当箇所を参照しながら進めることをおすすめします。
► 全体の構成を把握する
まずは、楽曲の全体構成を見ていきましょう。
この曲の構成は「A-B-A-B-A」となっており、それぞれのAとBはほぼそのまま繰り返されます。2回目のセクションAは39小節目から始まるので、練習する箇所は1-38小節に限られることが分かります。
そう考えると練習のハードルが下がると思いませんか。もちろん、「全体のバランスを見ていく」という意味では39小節目以降もないがしろにできませんが、まず集中すべき箇所が明確になります。
► 演奏のヒント
‣ セクションA
冒頭部分
譜例(PD作品、Sibeliusで作成、1-4小節)

曲頭、「Allegro giusto(速く、正確なテンポで)」に注目してください。
「正確なテンポで」と指示されているのには明確な意図が感じられます。というのも、21小節目のセクションBからがカンタービレの曲想になるので、リズミックなセクションAを 「正確なテンポで」かっちり演奏しておくことで、「AとBの対比効果」が生まれるからです。
基本的にはBも「正確なテンポで」演奏するのには変わりありません。しかし、やや横ゆれを伴いながら演奏しているピアニストは多くいます。AとBとではリズムの使い方が大きく変わっていることを意識するべきです。
· 1-4小節
アーティキュレーションの注意点
アーティキュレーションについて細かく読み取る必要があります。スラーが切れているところをよく見ましょう。つながってしまわないように注意が必要です。 細かいことのようですが、こういった細部の違いというのは聴こえ方に大きな影響があります。
また、連なっている後ろの音は前の音よりも大きくなってしまわないように。 これらは細部で見た場合の「フレーズ終わりの音」だからです。
ダイナミクスの表現
3-4小節目に「ダイナミクスの松葉」が書かれていますが、これらのクレッシェンドとデクレッシェンド、どちらが「より急激な表現」だと思いますか。
答えは「デクレッシェンド」。f からクレッシェンドしたものを mf まで落とすからです。
「いつもどこでも mf 」などといった平坦な演奏をよく耳にしますが、ダイナミクスには注意深くなるべきです。3小節目から4小節目の2分音符へ向かってしっかりと表現しましょ う。
あらゆる表現というのは、ほぼ必ず行き先があるものです。その行き先を見極めることが重要です。
細かなアーティキュレーションの読み取り
(再掲)

曲頭の右手を見ると、スタッカートが書かれている箇所とそうでない箇所が混在しています。
ドビュッシーがわざわざ書き分けたので、いい加減なものではなく「そうして欲しい」という意図があるはずです。したがって:
・違いをきちんと表現する
・「全部跳ねてしまう」状態では作曲家の意図とはかけ離れてしまう
・3小節目からの左手は「スタッカートだけでなく、スラーもついている」ということを意識する
・短くなり過ぎずに演奏する
左手のこういった音型では、「鍵盤のすぐ近くから、手の動きを最小限にして打鍵していく」 と、音色をそろえながら効率よく打鍵できます。
· 5-8小節
subitoの表現
・5小節目からは「mf + dim.」、そして7小節目からは f
・つまり、この f はsubitoで表現
・7小節目きっかりからバリっと表現を変える
・つられて6小節目の一番最後の音が大きくなったり急いでしまったりしないように注意
6小節2拍目の右手「4分音符」は短くならず、きちんと4分音符分伸ばしましょう。
· 9小節目
譜例(9-16小節)

ポジションの選択
9小節目からは、「左右の手が重なる奏法」を要します。 手の大きさにもよりますが、筆者自身は「右手が左手の上にくるポジション」で弾いていくと演奏しやすく感じます。
音のバランス
左右の手で演奏する音の音域がかぶっているので、「しっかり聴こえてほしい音」と「そうでない音」をきちんと区別することが必要です。優先順位として:
1. 一番聴こえるべきなのは、右手のメロディ
2. 次に聴こえるべきなのは、左手のバス
3. 一番隠れるべきなのは、左手の親指で演奏する音
左手の親指で演奏する音は、小指で弾くバスの響きの中に入るかのように極めて軽く。音がかすれさえしなければ「親指は少し触れるだけ」という程度で十分です。
また、小指で演奏するバスは「Do Si La So Fa Mi Re」といったように音階を作っているので、どれか一音が急激に大きくなってしまったりするととても目立ちます。バランスよく組み立てていきましょう。
アクセントの扱い
13小節目の左手はアクセントが重要です。 アクセントの音に「ワンアクション」を入れるだけで、 他の2音は「そのアクションの余力」で弾いていくといいでしょう。そうすることで:
・ワンアクションで弾くことで残りの音には重みが入らないので、良いニュアンスが出せる
・また、残りの音は余力で弾くのでずっと弾きやすくもなる
「So La Do」のすべての音にビートを入れてしまわないことが重要です。
· 13小節目
(再掲)

リズムの継続性
・13小節目は音の配置が変形しているだけで、「曲頭から続いているリズム」がそのまま使われている
・14小節目では少し変奏され、15-16小節で頂点を作っている
「頂点を作るため に、どのように繰り返しが用いられているのか」をよく観察してみてください。
13小節目の「cresc. molto」を活かすためにも、11-12小節の「dim.」ではしっかりとおさめておきましょう。
アーティキュレーションの違い
13小節目の右手と15小節目の右手を比較してみてください。楽譜の版にもよりますが:
・「13小節目の2音は、スラースタッカート」
・「15小節目のE音は、アクセントとスタッカート」
このように、長さが書き分けられています。15小節目のE音のほうが、「音色」「音価」のどちらも「より鋭い」ということです。
15小節2拍目裏の左手の和音は右手のG音と2度でぶつかります。したがって、出し過ぎるとメロディを聴こえにくくしてしまいます。 アクセントはついていますが、右手とのバランスは考慮しましょう。
· 16小節目
(再掲)

フェルマータへの到達
16小節目で最初のクライマックスがきます。 よくやりがちなのですが、16小節目に入る直前では rit. をしないようにしましょう。なぜかというと:
・そこまでに「同型反復による、咳き込むかのような表現」が使われている
・加えて「クレッシェンド」も書かれている
・これらから判断して、明らかに音楽が前に進んでいるから
ノンストップで一気に f のフェルマータへと入りましょう。ここで rit. をしてしまうと、フェルマータの書いてある意味がなくなってしまいます。
暗譜のために
譜例(16-21小節)

16-21小節は、セクションBへの「ブリッジ」のような役割のつなぎです。 2回目のBへ入る前は省略されているので、こういったことを整理しておき、「暗譜」に備えましょう。 のちほど暗譜をする際に困らないためにも、譜読みの段階で:
・まったくそのまま繰り返されている箇所
・似ているけれども、やや変化が加えられている箇所
これらをしっかりと区別して整理しておくということが重要です。
譜面を見て弾いている段階では、正直、こういったことを意識しなくても弾けてしまいますが、暗譜ではそうはいきません。
デクレッシェンドのバランス
(再掲)

注目すべきは「4回書かれているデクレッシェンド」です。つまり、丸印で示した音よりもB音のほうが小さくなるようにバランスをつくる必要があります。B音は「エコー」のようなイメージでさりげなく鳴らしましょう。
・ここでは「最上声がB音」「最下声がC音」というように、2重の「保続」になっている
・いずれにしても欲しい音は丸印で示した「Do Re Fa So」なので、多層的にバランスを作る
「Un peu retenu」の解釈
この部分では、以下の2通りの解釈が聴かれます:
・「Un peu retenu」の箇所を mp でスタートしてだんだん遠ざかっていくように演奏
・直前の f がそのまま続いていると考え、「Un peu retenue」を強くから始める
「Un peu retenu(すぐに少し遅く)」の文字通り、テンポをゆるめるのは少しにしておくのが得策。まだ楽曲の前半なので、あまりにもゆるめてしまうと段落感がつき過ぎてしまうからです。
‣ セクションB
· 22-24小節
16-21小節で何度も聴かせたリズムを用いて、a Tempoからの「セクションB」がスタートし ます。
ここからは「よりカンタービレな音楽」になるので、横の流れを意識してカチッとなり過ぎないように演奏するのもいいでしょう。セクションAとの音楽的な「対比」をつけたいところです。
内声の扱い
演奏ポイントとしては:
・メロディ以外の内声を静かに演奏する
・メロディの邪魔をしたり縦に刻んだりしないように気をつける
特に、23-25小節は内声のハーモニーが「メロディよりも上の音域」をいくので、かなり注意しないとどこがメロディなのかが分かりにくくなってしまいます。
推奨練習方法
おすすめの練習方法は、「内声を省いて練習する」という方法です。
このときに必ず意識すべきことは、「メロディを演奏する指遣いは、内声も入れる場合に用いる指遣いを使う」ことです。そうでないと、内声を省いて練習する意味がありません。この練習を通じて上下段のメロディのみで音楽的に演奏できるようにしてから、内声を戻してみましょう。
オクターブの響き
21小節目の a Tempo からは、メロディが「オクターブの響き」で作られています。今までとの響きの違いをよく感じて演奏しましょう。
「オクターブの響き」というのは「特徴のある音」なので、作曲家は「どこにオクターブの響きを持ってくるか」ということを思っている以上に丁寧に選んでいます。セクションBで音楽をガラッと変えるドビュッシーの作曲技術です。
· 25-28小節
フレーズの区切り方
譜例(24-27小節)

25小節目では、vマークで示した箇所で「一瞬の音響の切れ目」を入れましょう:
・紙一枚挟むようなイメージ
・そうすることで新しく始まる息の長いフレーズが明確に浮かび上がる
・この楽曲の中で、一番息の長いフレーズ
・33小節目も同様
こういったところでなんとなく先へ行ってしまうと、音楽がズルズルと進んでいるだけの印象になってしまいます。
クレッシェンドの到達点
25-27小節に書かれているクレッシェンドは到達先のダイナミクスが書かれていません。ここは前後関係などから判断すると:
・「mp もしくは、大きくても mf までにしておく」のが音楽に相応しい
・ここで f 以上まで盛り上げてしまうと、38小節目の f が活きなくなってしまう
音楽は相対的なものなので、ある箇所を効果的に聴かせたいのであれば、その前後を工夫する必要があります。
スタッカートの音色
28小節目の内声のスタッカートは明らかに意図的なので、「ノンペダルの乾いた音」 を聴かせましょう。
· 35小節目
不自然なクレッシェンドを避ける
譜例(35-38小節)

35小節目の最後から cresc. が書かれていますが、グーっと cresc. してしまうと不自然です。なぜかというと:
・2音ずつ組になっている8分音符の後ろの音が強調されてしまうことになるから
・この後ろの音は「スラー終わりの音」なので、前の音よりも目立ってしまうと不自然
ではどうすればいいかというと、「2音ずつ組になっている8分音符を1ブロックとして、 段階的なcresc.」にして演奏していくのです。
cresc.と書かれているところはまだ「mp 程度」にしておいたほうが、2度目のクレッシェンドが効果的です。
· 37-38小節
曲頭との違い
37小節目からは冒頭の再現として再びセクションAが出てきます。 「ff で始まっている」という点が曲頭と異なります。曲頭にはなかった(37-38小節の)左手が追加されることで音の厚みが加わっているからだと考えられます。
デタッシェのニュアンス
この左手はニュアンスに注意しましょう。具体的には:
・テヌートとアクセントがついているが、スラーではない
・つまり、テヌートで音の長さを保つけれども、「一瞬の音響の切れ目」を入れる
弦楽器でいう「デタッシェ」がぴったりで、「各音を強調しつつ、次の音と分離する」ニュアンスを探りましょう。
以降は繰り返しなので、基本的な考え方は同様です。
► 終わりに
この楽曲は、技術的に取り組みやすいレベルでドビュッシーの音楽語法を学ぶことができる貴重な作品です。
「正確なテンポ」と「カンタービレな表現」の対比、細やかなアーティキュレーションの書き分け、段階的なダイナミクスの構築など、演奏技術と音楽性の両面で学ぶことの多い一曲と言えるでしょう。
推奨記事:
【ピアノ】マルグリット・ロン「ドビュッシーとピアノ曲」レビュー:作曲家が演奏家に託した記録
► 関連コンテンツ
著者の電子書籍シリーズ
・徹底分析シリーズ(楽曲構造・音楽理論)
Amazon著者ページはこちら
YouTubeチャンネル
・Piano Poetry(オリジナルピアノ曲配信)
チャンネルはこちら
SNS/問い合わせ
X(Twitter)はこちら

コメント