【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「あこがれ（ロベルトのOp.51-1）」：特徴と演奏のヒント

【ピアノ】クララ・シューマンが編曲した「あこがれ（ロベルトのOp.51-1）」：特徴と演奏のヒント

► はじめに

 

► 前提知識

‣ 原曲「あこがれ」の基本情報

 

シューマン「リートと歌 第2集 Op.51 より 第1曲 あこがれ」（原曲の歌曲）

譜例（PD楽曲、Sibeliusで作成、2-3小節）

作曲年：1840年代
演奏時間：約2分10秒
歌詞：エマヌエル・ガイベルの詩
内容：理想的な美しい世界への強烈な「あこがれ」を抱きながらも、現状の制約（狭い囲い）に縛られ、時間ばかりが過ぎていく焦燥と悲嘆を歌った曲
構成：「リートと歌 第2集 Op.51」の第1曲

 

全5曲で構成されるこの歌曲集の中で、クララがピアノ独奏版へと編曲したのは第1、2、3曲の3曲です。いずれも原曲の歌詞の内容を深く理解し、ピアノで「語る」ことを意識した編曲となっています。

 

‣ クララ・シューマンについて

 

クララ・シューマン（1819-1896）

・19世紀を代表する女性ピアニスト・作曲家
・ロベルト・シューマンの妻（1840年結婚）
・優れた音楽編集者としても活動
・ブラームス、リストらと深い音楽的交流を持つ

 

クララの父フリードリヒ・ヴィークは、ロベルトのピアノ教師でありながら二人の結婚に強く反対していました。法廷闘争まで発展した困難を乗り越えて結ばれた二人の愛の物語は、音楽史上最も美しいエピソードの一つです。

クララは演奏家として国際的な名声を得ただけでなく、ロベルトの作品の編集者・解釈者としても重要な役割を果たしました。彼女が編集した楽譜や編曲作品は、作曲者の意図を深く理解した資料として、今日でも高い価値を持っています。

 

► クララ編における編曲の基本方針と難易度

 

シューマン「あこがれ（クララによる編曲版）」

譜例（PD楽曲、Sibeliusで作成、2-3小節）

クララ・シューマンによる編曲で特筆すべきは、原曲への深い敬意と誠実な姿勢です。ロベルトが歌曲に込めた本来の音楽的メッセージを、いかに忠実にピアノで再現するか——この編曲理念が作品全体を貫いています。

 

編曲の音楽的特徴

伴奏部の丁寧な継承：

・原曲のピアノ伴奏パートを基礎として活用
・和声進行や音楽の流れを尊重し、作品の雰囲気を保持
・過度な変更を避け、作曲者ロベルトの意図を最優先

声部構成の繊細な工夫：

・歌のメロディーラインをピアノの音響空間に自然に融合
・音域設定や声部バランスの調整により、旋律の明瞭さを確保
・各声部が相互に干渉しない、計算された音の配置

こうした編曲技法により、原曲である歌曲の抒情性とピアノ独奏曲としての音楽的完成度が両立された作品に仕上がっています。

 

技術的難易度

ツェルニー40番中盤程度から挑戦可能

演奏技術的には、クララが編曲した「ロベルト・シューマンの30のリートと歌」の30曲中、難易度の高い部類に入ります。急激なダイナミクス変化、両手による和音演奏、速いパッセージなど、種々のテクニックが求められます。

 

► 演奏上の注意点

‣ ダイナミクス面での配慮

 

この作品は、ダイナミクス面で特別な注意を要する箇所が多くあります。

 

特徴的な点

mf（メゾフォルテ）や mp（メゾピアノ）が一切出てこない：

・f と p の対比が明確な作品
・中間的な音量が指定されていないため、コントラストが重要

音数とダイナミクスの不一致：

・ダイナミクスが小さくても分厚い和音の部分がある
・音数に惑わされず、指定された強弱を忠実に表現する

極めて急激な強弱変化：

・1小節単位での大きな変化が頻出
・計画的なエネルギー配分が必要

 

特に注意が必要な箇所：

・3小節目：1小節のみで急激なクレッシェンド
・5小節目：1小節のみで急激なデクレッシェンド
・14-25小節：音数は多いがずっと弱奏
・31小節目：非常に厚い和音だが p
・31小節目後半：1小節のみで急激なクレッシェンド

 

‣ 入れ子書法（声部の交差）

 

譜例（PD楽曲、Sibeliusで作成、8-9小節）

8-9小節目の技術的課題

この箇所では、和音が交差する「入れ子書法（その中でも、メロディが内声に埋め込まれるやや特殊な形）」になっており、替え手（指の交差）で演奏することになります。

 

演奏のポイント

左手の親指で弾く音がメロディ：

・この声部を明確に浮き立たせる必要がある
・左手親指に意識を集中

右手で弾く同音連打を加減：

・伴奏的な役割の音は控えめに
・メロディが埋もれないよう、音量バランスに細心の注意

隠れた音楽の方向性：

・アクセント記号の位置から、音楽の流れが読み取れる
・括弧付きデクレッシェンドで補足した音楽の方向性を意識
・自然な音楽の流れを作る

 

‣ 和声のつながりと音楽の統一感

 

37-38小節の扱い

37小節目のフェルマータのついている和音は、d-mollの属七の和音（Ⅴ）です。この和音は、最終小節の主和音（Ⅰ）まで繋がっていると意識することが重要です。

演奏上の工夫

・フェルマータで時間を取りつつ、次への期待感を保つ
・38小節目のパッセージを弾いている間もずっと響きを念頭に置く
・最終小節のⅠへの解決を意識する
・この一連の流れを「一つの大きな終止形」として捉える

この意識があることで、技巧的なパッセージがただの装飾ではなく、和声進行の一部として有機的に機能し、音楽全体にまとまりが生まれます。

 

► 楽譜情報

 

クララ・シューマンによるロベルト・シューマン歌曲の編曲集はいくつかの出版社から刊行されていますが、以下のRies ＆ Erler出版の楽譜をおすすめします。

 

推奨楽譜

・クララによるシューマン歌曲のピアノソロ編曲集 30 Lieder und Gesange fur Klavier

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特徴：

入手性：国内外で広く流通
網羅性：クララが編曲したロベルト歌曲30曲を収録
実用性：原曲の歌詞が掲載されている（デュラン版などとの大きな違い）
資料価値：歴史的価値と実用性を兼ね備える
投資価値：他の編曲作品も学べるため、長期的な投資価値が高い

音楽学習者、研究者、演奏家に広く愛用されている定番楽譜です。

 

► 終わりに

 

クララ・シューマンがロベルトへの愛と深い音楽理解に基づいて創り上げたこの編曲版「あこがれ」は、声楽作品の本質をピアノという楽器だけで表現し尽くした作品です。演奏する際には、テクニックの正確さはもちろん重要ですが、それ以上に大切なのは、原曲の歌詞に込められた詩的なメッセージを理解し、それをピアノの音で「語る」という意識を持つことです。この演奏姿勢こそが、作品の美しさを引き出す鍵となります。

本記事で紹介した演奏のコツや表現のヒントを活用しながら、ぜひクララ・シューマン編曲「あこがれ」の演奏に挑戦してみてください。

 

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