【ピアノ】カール・エンゲルの「モーツァルト ピアノソナタ全集、ピアノ曲集」レビュー

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【ピアノ】カール・エンゲルの「モーツァルト ピアノソナタ全集、ピアノ曲集」レビュー

► はじめに

 

スイス出身の著名ピアニスト、カール・エンゲル(1923-2006)によるモーツァルトのピアノソナタ全集。1980年から1981年にかけてデジタル・ステレオ録音された全6枚組のCDセットで、18曲のピアノソナタ全曲に加え、幻想曲、ロンド、行進曲など多数の小品を収録した充実のモーツァルトアルバムとなっています。

エンゲルは1950年代にもモノラル録音でモーツァルトの一部作品を録音していますが、この80-81年版は円熟期の彼による決定的な全曲録音として位置づけられます。

 

 

 

► カール・エンゲルについて

 

カール・ルドルフ・エンゲル(1923-2006)は、スイスのビルスフェルデン生まれのピアニスト。1942年から1945年までパウル・バウムガルトナーに師事し、その後パリに渡り、1947年から1948年までアルフレッド・コルトーの薫陶を受けました。

1950年代初頭にフェルッチョ・ブゾーニ国際ピアノ・コンクールで第3位、1952年にはエリザベート王妃国際音楽コンクールで第2位に入賞し、国際的な演奏家としてのキャリアをスタート。1950年代後半から1986年まで約30年間にわたりハノーファー音楽演劇大学で教鞭を執り、多くの後進を育成しました。また、世界各地でマスタークラスを開催し、2006年に83歳で逝去するまで、演奏活動と音楽教育に情熱を注ぎ続けました。

コルトーの弟子という系譜にありながら、モーツァルトにおける古典的な様式感を重視した演奏スタイルは、高く評価されています。

 

► 収録内容の詳細

‣ 演奏の特徴

 

正統派のアプローチ

エンゲルの演奏は、過度な個性を主張せず、モーツァルトの音楽そのものを語らせる「正統的な解釈」が特徴です。テンポ設定も極端に走ることなく、かといって遅過ぎることもない、バランスの取れた設定となっています。このため、モーツァルトのピアノソナタを学ぶ学習者にとって、優れた模範演奏として参考になる録音と言えるでしょう。

 

独自の解釈も随所に

正統的でありながらも、エンゲルならではの解釈も随所に見られます。また、原典版(ヘンレ版など)と比較すると、楽譜に書かれているタイを省略したり、逆に書かれていない付点を加えて演奏している箇所も散見されます。

 

‣ 収録曲

 

ピアノソナタ全曲:

・「ハ長調 K.279」から「ニ長調 K.576」まで全曲
・編曲作品とされている「ピアノソナタ ヘ長調 K.547a Anh.135」も含む

その他の作品:

・幻想曲 ニ短調 K.397、ハ短調 K.475
・ロンド ニ長調 K.485、イ短調 K.511
・行進曲 ハ長調 K.408-1
・葬送行進曲 ハ短調 K.453a
・アダージョ ロ短調 K.540
・ピアノソナタ断章 ト短調 K.312、変ロ長調 K.400
・他多数

 

‣ 演奏解釈の具体例

· ピアノソナタ ニ長調 K.311 第1楽章

 

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 (284c) 第1楽章」

譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲尾)

モーツァルト「ピアノソナタ ニ長調 K.311 第1楽章」の曲尾の楽譜。

この曲の終結部では、多くのピアニストが最終小節でテンポをゆるめますが、エンゲルは最後の2小節全体をmeno mosso(より遅く)で演奏し、全体的にテンポを落としています。

この曲の構成上、提示部とその反復、展開部を含めると、この終結の音型は計4回登場します。エンゲルは最初の3回は通常通り最後だけわずかにテンポをゆるめ、4回目の最終的な締めくくりでのみ2小節全体のテンポを落とすことで、明確な「完結感」を演出しています。これは楽曲の構造を考慮した、説得力のある解釈と言えるでしょう。

 

· ピアノソナタ ハ短調 K.457 第2楽章

 

この楽章では、原典版に書かれているタイを省いている箇所や、書かれていない付点を加えて演奏している部分が確認できます。こうした演奏を聴きながら楽譜を読むと、実際には記されていない音符やリズムが「そこにあるはず」と錯覚してしまうことがあるため、注意が必要です。

学習者は、録音を参考にする際も必ず楽譜で確認し、ピアニストの解釈と原典との違いを意識的に把握することが重要です。

 

► 複数の録音を聴き比べる意義

 

モーツァルトのような標準レパートリーには、多数のピアニストによる録音が存在します。同じ曲を複数のピアニストで聴き比べる際は、大多数と明らかに異なる解釈をしている部分に注目し、「なぜそのような弾き方をするのか」を考えることが、音楽理解を深めるうえで非常に有益です。

エンゲルの演奏は、そうした比較研究のための優れた基準点となります。正統的でありながら個性も持ち合わせた彼の解釈は、他の演奏家との違いを際立たせ、モーツァルト演奏の多様性を理解する助けとなるでしょう。

 

► 終わりに

 

エンゲルによるこのモーツァルト集は、華やかさや技巧の誇示よりも、作品への誠実な向き合い方を重視した録音です。1980年代初頭のデジタル録音による優れた音質も相まって、モーツァルトのピアノ音楽を味わうには最適な全集の一つと言えるでしょう。

模範演奏として、聴き比べの基準点として、指導の参考資料として、多様な用途に応える価値ある録音です。

 

 

 


 

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