【ピアノ】「ため息」音型完全ガイド:表現力を高める演奏テクニック
► はじめに:「ため息」音型とは
「ため息」音型は、バロック時代から現代まで、クラシック音楽の様々な時代と様式で見られる重要な音楽表現の一つです。
この音型は人間のため息をなぞらえた表現方法として発展し、現代でも豊かな音楽表現の手段として活用されています。
► 1. 基本的な特徴と演奏法
様々な定義がある音型ですが、おおむね譜例のような音型だと思ってください。
特徴は、大きく次の3点です。
・ほとんどが下行する音型であること
・ほとんどがスラーでつながれて、ひとかたまりで演奏されること
・ほとんどが連続して使用されること
J.S.バッハなども多用していますし、近現代作品でも見られるので、あらゆる時代の作品に登場すると言えます。
「ため息」というと、どことなく憂鬱な印象を受けますが、もちろん明るい楽曲にも出てきます。
重要ポイント
・憂鬱な表現だけでなく、様々な感情表現に使用
・音楽的文脈に応じて解釈が変化
・テンポや強弱により異なる表情を持つ
基本的な演奏法
1. 最初の音に重みを置く
2. なめらかな音の繋がり
3. 自然な減衰
► 2. 変形された「ため息」音型
‣ タラッタ音型
譜例(Finaleで作成)
特徴:
・休符を含むリズミカルな変形
・「語りかけ」のような表現
・軽やかさと明確な音の切れ目
実践ポイント:
・「タラ」部分での語りかけるような表現
・デクレッシェンドの自然な実現
・丸印で示した弱拍裏の音を極めて軽く
「タラッタ音型」というのは筆者が名付けているだけですが、「タラッタ タラッタ」という休符混じりのリズムによる音型のことを指しています。
「ため息の音型」と似ていますね。
こういったリズミカルな音型では特に、「どこに重みを入れて、どこで抜くか」という観点が重要です。
「弱拍裏の音や、スラーの後ろの音は大きくならない」という重心の基本さえ押さえておけば、
やや音型が変形されていても怖くありません。
‣ オクターヴの分散
譜例(Finaleで作成)
・親指を軸とした演奏
・エコー効果の活用
・立体的な音響表現
頻出の音型。上行しますが、これも「ため息の音型」と似ていますね。
このような音型では、「親指」に軸を持って演奏するとニュアンスが出ます。
裏の音の方を控えめに演奏すると、その音が「エコー」のように感じられ立体的な演奏になります。
► 音楽的な演奏ポイントのまとめ
‣ 後ろの音の方が軽くなるように
「ため息」の音型では
「前の音を弾いた余力で、後ろの音も触る」
こういった方法で演奏するとニュアンスが出ます。
つまり、「後ろの音の方が控えめに聴こえるようにバランスをつくる」というのがポイント。
作曲家によっては丁寧にデクレッシェンドの松葉を書いてくれていますが、
もし書いてなくてもこのように演奏しましょう。
後ろの音のほうが大きくなってしまうと、尻もちをついたように聴こえてしまいます。
‣ 後ろの音が拍頭にくる場合
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、125-128小節)
基本的には「弱拍よりも強拍に重みが入るのが原則」ですが、
譜例で「括弧付きデクレッシェンドの松葉」を書き込んだ箇所は例外。「ため息」の音型だからです。
このように強拍にフレーズ終わりの音が来る場合には、譜例にカッコ付き松葉で示したようなニュアンスをつけて演奏した方が音楽的。
もちろん、このニュアンスは「ため息の音型のためのもの」であり、もう片方の手で弾く表現は釣られずに独立している必要があります。
楽典や楽式の学習をしていると、
4/4拍子における「強・弱・中・弱」などといった強拍と弱拍における重み入れの話が出てきますね。
しかし、それらはあくまで基本的な原則なのであって絶対ではありません。
‣ 小節頭だからといって何でもかんでも強くしない
前項目の内容を、別の楽曲例でも見てみましょう。
モーツァルト「ピアノソナタ ト長調 K.283 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、曲頭)
丸印で示した音はどちらも小節頭にきていますが、ここまで記述してきたのと同様に、これらの音は強調してはいけません。
左手で演奏される伴奏パートには3拍子の基本的な拍子原則が保たれるべきですが、他の特定のパートにまでは該当しないというケースですね。
スラー処理の仕方に慣れている方にとっては当然のように思うかもしれませんが、
こういったことは楽典の書籍には書いてないんです。
小節頭だからといって何でもかんでも強くしない。
強拍と弱拍における重み入れの話のような「原則だけれども絶対ではない」という内容に関しては、
注意深く眺めるようにしてください。
► それぞれの手で逆の表現をするときの混乱の対処法
右手はクレッシェンドをしていく時に左手はデクレッシェンドをしていくような、
それぞれの手で逆の表現をする場面というのは良く出てきます。
以下の譜例のような「ほんの一瞬のもの」を含めれば、もっと数は多くなります。
モーツァルト「ピアノソナタ 変ロ長調 K.570 第1楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、125-126小節)
カギマークで示したところを見てください。
カッコ付き松葉で補足したように、
右手はため息のようにデクレッシェンドしたいところですが、左手のGes音へ入るところは小さくしたら不自然です。
このような、それぞれの手で逆の表現をするときというのは独特の難しさがあり、
両手で一緒にクレッシェンドしたりと同じ表現をやるほうがずっと容易。
それぞれの手で逆の表現をするときの混乱の対処法は、以下の4ステップをきちんと踏むことです。
1. 片手づつ、理想のニュアンスで弾けるようにする
2. それを暗譜で弾けるようにする
3. 両手をゆっくりのテンポで合わせて、それぞれの表現を大げさにやる
4. 大げさな表現を、理想の表現におさえていく
まずは片手づつ、理想のニュアンスで弾けるようにすること。
これが出来ていないと、両手で別々のニュアンスを表現するのはムリ。
続いて、それを暗譜で弾けるようにすること。
そうすることで、両手で合わせたときに意識しないといけないことを減らせるからです。
ここまで出来たら、ようやく両手で合わせていきます。
ゆっくりのテンポで合わせて、それぞれの表現を大げさにやるようにする。
「大げさ」というのが重要で、
「それぞれの手がこういう表現をしている」というのを、両手で弾いている状態で頭に刻みつけてください。
最後に、その大げさな表現を調整して理想の表現へおさえていく。
この4ステップを踏むうえで大事なことは、ひとつもとばさないこと。
► それでも左右の手で異なるダイナミクスを表現するのが難しい場合の解決策
モーツァルト「ピアノソナタ ト長調 K.283 第3楽章」
譜例(PD楽曲、Finaleで作成、123-126小節)
譜例に書き込まれているダイナミクスは参考に筆者が書き入れたものであり、原曲には何も書かれていません。
Dの部分の右手パートの音は小節頭にきていますが、ここまで記述してきたのと同様に、強調してはいけません。
しかし、その部分の左手には深く響かせたいバス音がきますよね。
このような細かなアーティキュレーションも伴う場面で、左右の手で異なるダイナミクスニュアンスを表現しようと思うと、
頭が混乱してしまうのではないでしょうか。
解決法があります。
譜例へ書き込んだように、その部分のダイナミクスを両手で一致させてしまえばいいんです。
(再掲)
Dの部分を見てください。両手とも mf になるようにダイナミクスを一致させています。
以下、細かく見ていきましょう。
Aの部分は、メロディ部分に直前からのスラーがかかっていないので、
普段、「伴奏を控えめに、メロディを響かせて」などとやっているのと同じ。
問題なく右手のバランスを強く弾くことができます。
Bの部分が mp になっているのは、左手パートを立体的につくるためです。
「バスを深く、それ以外の伴奏部分は控えめに」ということで、バスとのダイナミクス差をつけています。
(再掲)
Cの部分の右手はスラー始まりの音なので、Dの部分の右手よりも響かせたいため f 。
ここも、「伴奏を控えめに、メロディを響かせて」などとやっているのと同じ。
問題なく右手の方を強く弾けます。
細かなアーティキュレーションも伴う、問題のD。
メロディはスラー終わりなので、直前よりもダイナミクスを落としてmf。バス音も前小節と同じように mf。
このようにつじつまを合わせることで、両手とも mf になるようにダイナミクスを一致させることができました。
このように文章にすると非常に頭で考えている音楽のように感じるかもしれませんが、
やっていることは
「アーティキュレーションの原則を守り、メロディとバスを響かせて、伴奏を控えめにする」
という、音楽的な表現を目指している中で、頭の混乱を取り除けるように工夫しただけです。
ダイナミクスバランスをとろうとすると頭が混乱するところは、その部分のダイナミクスを両手で一致させてしまう。
応用できる場面はたくさんあるので、是非、お試しください。
終わりに
チェックポイント
・前の音と後ろの音のバランスは適切か
・スラーの始まりと終わりが自然か
・両手でのダイナミクスの表現が独立しているか
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