【ピアノ】シューマン「愛する五月よ」の構造分析:アウフタクトの視点から
► はじめに
ロベルト・シューマン(1810-1856)の「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム)Op.68」は、ピアノ学習者にとって重要なレパートリーであり、音楽的な理解を深めるための宝庫でもあります。その中の「第13曲 愛する五月よ(Mai, lieber Mai)」は、シンプルながらも音楽的な小品です。
本記事では、この楽曲におけるアウフタクト(弱起)の使用方法に焦点を当て、楽曲構造との関連性を探ります。ただ音符を追うだけでなく、作曲家がどのような意図をもってこの楽曲を構成したのかを理解したうえで演奏するようにしましょう。
► アウフタクトとは
通常、アウフタクト(弱起、Auftakt)は楽曲や楽節が小節線の前、つまり「弱拍」から始まる現象を指します。しかし本分析では、楽曲冒頭に限らず、フレーズの始まりで同様の手法が使われる箇所も「広義のアウフタクト」として捉えます。
アウフタクトは、次に来る強拍への「準備」として機能し、音楽に自然な流れを生み出す重要な要素です。シューマンはこの「愛する五月よ」において、アウフタクトを形式的なものではなく、楽曲構造を明確にする手段として巧みに使用しています。
► 実例分析
‣ 楽曲構造
シューマン「ユーゲントアルバム(子どものためのアルバム)Op.68-13 愛する五月よ」
譜例(PD楽曲、Sibeliusで作成、楽曲全体)
ミクロ構造(詳細):
A(1-10小節)
A(11-20小節)
B(21-24小節)
A’(25-32小節)
C(33-36小節)
B(37-40小節)
A’(41-48小節)
C(49-52小節)
マクロ構造:
この構成をより大きなセクションでまとめると:
A(1-20小節)
B(21-24小節)
A’(25-36小節)
B(37-40小節)
A’(41-52小節)
‣ アウフタクトの分析
シューマンはこの楽曲において、2種類のアウフタクトを使い分けています:
・無伴奏のアウフタクト:メロディのみで構成される、軽やかな性格を持つ
・和音付きのアウフタクト:和声的サポートを伴い、より充実した響きを持つ
無伴奏のアウフタクト(レッド音符)
無伴奏のアウフタクトは、A部分とA’部分にのみ登場します。これは主題を特徴づける重要な要素となっています。例えば冒頭では、8分音符2つによるアウフタクトが無伴奏で現れ、1小節目の第1拍(強拍)へ向かって流れるように導きます。
和音付きのアウフタクト(ブルー音符)
一方、A部分やA’部分の一部と、B部分やC部分の全てでは、アウフタクトが和音でハーモナイズされています。この対比はただの音楽的変化にとどまらず、「無伴奏のアウフタクトは、A部分とA’部分にのみにしか登場しない」という楽曲の構造を示す役割も果たしています。
ただ単に楽譜を追って弾いているだけだと気づきにくいものですが、このように、アウフタクトの扱われ方が楽曲構成とも結びついているのを知ることは、楽曲理解にとって重要です。
► 終わりに
シューマンの「愛する五月よ」は、アウフタクトの使い方一つをとっても、緻密な構造設計がされていることが分かりました。特に、無伴奏のアウフタクトと和音付きのアウフタクトを楽曲構造と結びつけて使い分けている点は、シューマンの作曲技法の巧みさを示しています。
このような構造的理解は、単に楽譜を追って弾くだけでは見落としがちな側面ですが、作品の本質に迫るための重要な手がかりとなります。
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